ウクライナ危機とエネルギー
ロシアのウクライナ侵攻が行われるか行われないかはプーチンのみぞ知るところかもしれないが、バイデン大統領が日本に液化天然ガスを欧州に回すよう依頼したり、ロシアの天然ガス輸送pipelineのノルドストリーム2パイプラインを閉止するようドイツのショルツ新首相と協議するなどと、欧州エネルギー事情をめぐる情勢が風雲急を告げる情勢となってきた。
旧ソ連はドイツと第二次世界大戦時壮絶な独ソ戦を繰り広げ、戦傷死も含めるとソ連だけで1100万人以上の死者を出した。独ソ戦はウクライナを含んだ黒海からレンニグラードまでの南北一帯で開戦され、ロシアとしては旧ソ連時代を含めて自国の領土であったウクライナがNATOに組み込まれることには地政学的に絶対許せないのだろう。今回の事態がエネルギー戦略の観点からどう見るべきなのか検証してみよう。
昨年の11月に米国上院エネルギー天然資源委員会(委員長は共和党)が「ヨーロッパのエネルギー危機:アメリカへの警告」という冊子をまとめた。内容は「地球温暖化防止という高尚な理念にとらわれた欧州はエネルギー危機を自ら招き、エネルギー価格の高騰に繋がり経済発展の足かせになっている。米国は欧州のマネをすれば同様の危機が起こる」というもの。共和党が委員長であるため右寄りであることは否めないが、過度の再生エネルギー依存は国力を下げるという本質を突いた。昨年の秋に発行されたもので、ウクライナ危機はこれほどまでに進んでは無かった時期でもあり、現状では更に厳しい状況になっている。
欧州は「nobles oblige」の意識が強く、また地球温暖化問題に世界でinitiativeを取りたくて(世界の覇権を再度欧州に!)、余りにも嫌CO2に通じる政策をとってきた。
一昨年の様に欧州に風が吹かなければ即天然ガスの高騰につながる。また石炭を悪として、かつドイツの様に原子力発電を廃棄し自然エネルギーに頼るエネルギー政策をメインにすれば、エネルギー政策はまさに風任せになる。ロシアから天然ガス消費量の55%以上を輸入している状況を考えると、米国と協調してロシアに経済制裁を行えば逆にロシアから天然ガスの供給がストップされ、ドイツのエネルギー供給は成り立たなくなるだろう。ショルツ首相はバイデンに「ロシアから天然ガスが来なくてもドイツは困らない。水素を流せばよいのだ」などと口にしたと聞いたが、本当なら呆れるばかりである。ドイツはNord Stream2(NS2)の完成によりロシアからのガスの輸入量が今までの2倍の1100億m3/yに増量可能である。なおNS1、NS2共ロシアからバルト海の海底を経由してドイツに直接天然ガスを供給するパイプラインである。今までウクライナ経由で供給されていた天然ガスはNS1,NS2に加えトルコ経由が支配的になり、ウクライナはNS2が完成すれば天然ガスの国内敷地通過料の20億$が入らなくなり、ウクライナはNS2の完成に反対していた。NS1ができる前は欧州へのロシアからのガス供給の80%がウクライナ経由であったのに、NS2が完成し予定全量供給可能になったら、ウクライナ経由はほぼなくなってしまう。
またEU各国がウクライナへ武器を供給しているのに対して、ドイツはヘルメット5000個だけの供給に留まり顰蹙を買っている。いくらドイツは第二次大戦後、法律で武器の輸出が禁じられていたとしても、ドイツの立ち位置が微妙であることを示す事例となった。首相がメルケルからショルツに代わりEU内でのリーダーシップが取れない中、米ロのサンドイッチになり立場を決めきれてないと映る。ドイツであれ、ポーランドであり自国に大量に貯蔵している石炭(含む褐炭)が使えるのであればロシアに対しても戦術と戦略に使えただろうが、現状の脱CO2政策に逆らうことになりこれもEU Policyに反することになる。
フランスのマクロン大統領がプーチンと仲立ちできるのは、独自路線を貫くフランスの性格やEUでの持ち回り議長国という立場もあろうが、自国が原子力発電に40%のエネルギーを依存している余裕なのだろう。フランスは新たに6基の原発を新設することを公表したが、まさに自国のエネルギー戦略を世界に示し、今回の事態で動じない強いフランスを明らかにした。
米国はロシアのガスが欧州に供給されなければ自国のシェールガスの販売量が増え、その分増収となる。冬場は日本に枠を回すよう依頼したほどだから余裕はないのだろうが、ウクライナ問題が長期化すれば米国からのLNG輸入は増えていくだろう。欧州は環境先進国の自負があり、再生エネルギーの拡大に加え、環境汚染に対しても極めて厳しい規制を行う。シェールガスは米国だけのものでなく、欧州にも地下に多量に埋蔵されている箇所は多い。欧州の石炭層を所要する地域、特にポーランドはその主たる場所だが、ガスの採掘はできてないのが現状である。シェールガスは2000mから3000mの地下に水平に抗井を広げ、頁岩に水砂礫を高圧で噴出することでクラックを生じさせガスを高圧水と油分を含んだ液体に含有させ地上まで引き上げ、地上では減圧させることでガスを抽出させる技術である。地上で分離された水の処理が必要なことと、地下の汚染が問題視された。米国では対策を行えば許容されたが、欧州では認められてない。
EUは2050年には地球温暖化ガス排出実質ゼロを最初に表明した。EU各国の取り組みは温度差があり、スペインはその温暖な気候を生かして太陽光と風力に活路を見出し、特に国内の風力発電の出力バランスをうまく調整し電力の維持に努めていたと今まで評価されていた。しかし一昨年には風が吹かず、電気代が一時4倍に高騰した。
要するに、欧州は地球温暖化を含む環境対策を厳しくしたことで八方ふさがりになり、そこを見透かされたように今回のウクライナ問題が勃発したことになる。
日本も決して他岸の火事ではない。日本はロシアからサハリン経由国内消費量の10%を輸入している。専用のLNGタンカーも国内造船所で建造し、日本のエネルギー環境だけでなく経済に与える影響は小さくはない。サハリンのガスは一時パイプラインを北海道経由で敷いて日本に輸入するという計画もあったらしいが、結局今の形に落ち着いている。
今回のウクライナ侵攻問題でG7の参加各国はロシアに侵攻したら経済制裁を行うと警告している一方、日本は得意の態度保留に貫いて大綱賛成だが詳細については2月中旬段階で表明していない。国内で余ったLNGを欧州に回すことはバイデンの依頼を了承したが、LNGはその性質上国内備蓄は2週間しかなく、かつ厳寒期でもあり本当は国内の余裕はないはずである。一昨年はLNGの量が不足し1月8日には停電寸前まで言った。なけなしのLNGを欧州に回すという決断は欧州に恩を売れた訳であり、台湾危機が発生した場合は見返りを期待できるかもしれない。
エネルギーの自立は国家百年の計。太平洋戦争の開戦原因は石油の日本への輸出を米国が止めたことだが、ウクライナ情勢の杞憂で世界特に欧州のエネルギー事情は今までと全く違った色に変わる可能性を秘めている。各国の政治家は環境活動家のグレタのヒステリックな顔色を窺わずに信念をもって対策を立案、実行してもらいたい。
付け加えると、先進国はレアアースの60%を中国に依存している。再生エネルギーを成り立たせるためのBatteryやEVへの過度の依存は中国のSupply Chainを利するだけだ。中国は今まで工業技術ではるかに後れを取り、欧米や日本の技術を盗用し大量生産することで経済立国になったが、バッテリーという新しい技術それも国内で採掘されるレアメタルの使用が不可欠なこの技術の成熟に各国がもたもたしている間に、欧米や日本が開発した基礎技術、工業化技術を発展させることで世界の覇権を担おうとしている。即ち、再生エネルギーをエネルギーの柱とすれば大量のバッテリーが不可欠となり、中国に技術でも資源でもイニシアティブを握られるという絵が現実になろうとしている。
0コメント