夢のCO2回収技術DACは実用化出来るのか
DAC(Direct Air Capture)技術が注目されている。大気中のCO2を直接回収する技術を総称してDACと呼ばれている。 空気中のCO2濃度は2020年で413ppm(0.04% vol)と報告されている。 この薄い濃度のCO2を直接分離回収する為の技術開発が各国で行われている。
火力発電所や産業プラントから排出される排気ガス中の高濃度CO2を回収する技術はCCS(Carbon dioxide Capture & Storage) あるいはCCUS(Carbon dioxide Capture Utilization & Storage)と呼ばれているが、DACはこれとは区分して、空気中の低濃度CO2を回収する技術の総称として使われている。
既にスイスやカナダのスタートアップ企業が大型プラントを稼働開始している。日本でも政府のムーンショットプロジェクトのテーマの一つとしてDACの開発研究が取り上げられている。また、IHIや三菱重工などが実証試験の開始を進めている。
地球温暖化ガス対策としては夢のような希望の技術の様に思えるが、実用化に向けては、DACプラントの効率・コストが大きな課題として立ちはだかっている。本コラムではその課題を具体的に説明していきたい。
写真はカナダCarbon Engineering 社の実機プラント(同社HP)
まず、世界のDAC先行スタートアップ企業の状況を紹介する。
- スイス: クライムワークス(Climeworks) 4000ton-CO2/yearの実機プラントを既に稼働させている。CO2は地下に埋める。
- カナダ: カーボンエンジニアリング(Carbon Engineering) 百万ton/yearの大型プラントを2022に建設開始予定。
- 日本の開発計画
- ムーンショットプロジェクト:2022にプロセス技術を試験設備で確認、2029年までに効率的な合成技術の確立とライフサイクルアセスメントを実施する。
- IHIと三菱重工は、それぞれ2022には基礎実証試験を立ち上げるとしている。
スイス・カナダのスタートアップ企業達が急速に大型プラント建設に着手したのは将来の可能性を信じての事だろう。この流れを見ると日本勢はかなり遅れを取っているようにも見える。
しかしこのDAC技術は、実用化には大きな課題がある。
それは空気中の0.04%という低濃度CO2が対象であり、回収には大きなエネルギーを要する為に効率が大変低いという事だ。すなわちCO2回収費用は高く、現状では商業的な運営が出来るレベルにはない。
DACというと夢の技術があるような印象をもたれるかもしれないが、構造的には従来の技術の延長であり、空気吸込み一次反応(Air Contactor)、吸着反応(Pallet Reactor/Steam Slaker)、CO2分離(Calciner)、圧送コンプレッサー、電力蒸気供給用のガスタービン及びボイラという構成になっている。吸着反応方法に各社独自のノウハウがある。今後どれだけ効率的に行えるかによって商業的な実用レベルになるかが決まっていくだろう。
写真 スイスClimeworksの実機(同社HP資料)
どれだけ運用効率がネックになっているかを具体的に見てみよう。 国立研究開発法人科学技術振興機構低炭素社会戦略センター(LCS)がCarbon Engineering の KOH-CaCO3法を基に 技術とコストのFeasibility評価を行っている、そのモデルプラントのプロセスフローダイアグラムの数値は次の通りとなっており、経済試算では1tonの空気中のCO2を回収する為に必要な費用は、変動費だけで14700円。これに建設費・人件費などの固定費・貯留コストを含めると、運用コストは36700円/tonとなってしまうというのが現状の試算結果である。
【FS前提数値指標】
- 回収CO2量
- 空気中のCO2回収量 112ton-CO2/h (896kt/year)
- + プラント運転により発生するCO2 54ton-CO2/h = 合計 166ton-CO2/h
- プラント運転に必要な燃料
- メタンガス CH4 990GJ/h(8.8GJ/ton-CO2, 電力換算では2442kWh/ton)
- 更に薬液CaCO3と水が必要となる。
各社の運用コスト試算結果を整理すると次の通りとなっている、前提条件でかなり幅がある。
- Climeworks : US$ 600~800/ton
- Carbon Engineering:US$ 600/ton 今後$100の目途がある。
- LCS試算値: 36700円($320)/ton
現在のCO2取引価格は上昇し続けており、EUの排出量取引価格でEU60/tonとなっている。この取引レベルとDACの現在の運用コストを比較すると、まだまだ単独で商用運用が出来るレベルにはない事が分かる。今後カーボンプライシングは上昇する事が予想されている。一方DACの技術改善による運用コストの改善によっては、実用化の目途が立ってくると思われる。
DACのメリットは、何と言っても空気中から実際にCO2を直接回収する事が出来るという事だ。インフレ気味で実態から乖離していると言われているグリーン証券・カーボンクレジットなどのイルージョン的な取組みとは異なる。DACは導入期には政府支援など公的な支援が不可欠になってくると思うが、今後の技術開発に期待したい。
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