石炭は悪か? 石炭なしでは成り立たない電力事情
「石炭は悪!」、第二次世界大戦前後に「黒いダイヤ」と持てはなされた時代とは隔世の感がある。国内の石炭は1940年に採掘のピークを迎え、戦時中、戦後復興のエネルギーとしてその役割を担ってきた。発電所の燃料は一時石油(重油)に奪われたが、オイルショックを契機に石油に取って代わり、爾来2021年の現在まで、国内では安い輸入炭を電気に変換することで電力単価の高騰を抑えただけでなく、海外では世界各国に高効率の発電設備として輸出してきた。これにより日本の経済貢献に寄与すると共に、アジア各国を中心とした電力普及に大きな足跡を残してきた。また中国には技術を移譲し(実際は盗み取られ)、中国国内に多数の超臨界/超々臨界圧石炭焚き発電所(超臨界の説明は後半部分を参照頂きたい)を建設することで中国国内の電力危機を乗り切り、日本が好むと好まざるに関わらず中国の経済発展に大きく繋がることができた。
ここまでは誰も反対することのない事実である。日本の商社は輸出事務業務だけでなく海外の石炭焚き発電所を運営し石炭ビジネスを発展させたと共に、日本の都市銀行もJBIC(国際協力銀行)とともにプロジェクトファイナンスを立ち上げて応援し、日本株式会社として発展してきた。しかし、昨今はその筋からの反対に抗することができず、商社、銀行も石炭焚き発電所建設の支援をやめ、発電所も手放し始めた。今までの儲けに対して感謝の意を示すわけでなく、手のひらを反すかごとくの態度に変ったのも世の中の機微を見るには致し方ないかもしれない。
石炭は3億5千万年前の石炭紀以降、樹木が地熱や地圧により化学的、物理的に変遷した有機物である。現在使用されている石炭も泥炭(若い炭)、瀝青炭(最も燃料として使いやすい)から無煙炭(製鉄用として多用)まで、産地、炭層によりその由来は様々である。しかしいずれの石炭も炭素含有量が多いことでCO2発生源として目の敵とされている。
日本では東日本大震災の後に原子力発電所が稼働しなくなり、その電力代替として多数の大型高効率石炭発電所の建設が行われ、今日に至っている。石炭焚き発電所の建設は一巡したが、未だ最後の石炭焚き発電所として横須賀火力発電所が建設の真中である。更に新しい石炭利用発電所としてIGCC(Integrated Coal Gasification Combined Cycle)が原子力災害を受けた福島の復興事業として500MW二基を福島県の勿来と広野に建設し、運転中である。
このように日本国内で石炭焚き発電所が多く建設されていることで、世界の石炭反対派からは徹底的にバッシングを受けている。アジアでは、自国の石炭を有利に活用できる立場の国、特にインドネシアでは経済成長の担い手として多くの石炭焚き火力発電所の建設を行ってきた。タイやインドネシア、マレーシアでは石炭に加え天然ガス焚きの発電所も多く運用されているが、燃料費が安定し、NOX、SOXに関しては環境対策設備を具備し低廉に維持している石炭の魅力は、国のエネルギーリスク分散の観点からも重視されている。東アジアの台湾、韓国も自国で採掘できる燃料が少なく、立場は日本と同じであり、今まで多数の超臨界圧/超々臨界圧の石炭火力を建設してきた。かつLNG火力も多数運転中である。石炭もLNGもこの三国は輸入大国であり、石炭は世界で日本が2位、韓国が4位、台湾が5位、LNGの輸入では日本が2位、韓国が4位、台湾が9位である。ちなみにいずれも輸入の1位は中国である。
この3か国はいずれもEnergy Securityの立場から、エネルギー源の分散化を図っており、台湾は原子力をあきらめた事実はあるが、石炭とLNGに頼らざるを得ないという国の立場である。台湾の風車は近頃商談が聞こえ始めたが、西海岸は中国が攻めてくる可能性と風速70m以上の台風を考えると厳しく、東海岸はすぐ深海となり着床型は成り立ちにくい。韓国も西海岸は北朝鮮との関係で簡単には建設が難しいのだろう。日本では漁民対応で風車の建設が進まないが、これは英国の海岸がエリザベス女王陛下の所有となっていて、承認が取りやすいのに比べると大きな違いである。
近頃の「石炭悪!」の論調にはEnergy Securityの観点がすっぽり抜けて、「CO2排出ゼロを目指す」ポピュリズムが台頭していると感じているのは筆者だけではないはずである。ただし、おぼれた犬に石を投げるマスコミはそのこと報じず、政治家もバッシングが怖いためか、正論を言えないという情けない状態になっている。今夏IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)は地球温暖化の原因は人間活動が主因と結論付けた。それに反論はしないが、ゼロか100かという極論に走らず各国の置かれている立場を遵守し現実的な対策で進めないと、目標の達成はおろか「南北格差」ならず「エネルギー格差」が生まれる要因になろう。
菅総理は昨秋日本のCO2排出は2030年で2013年に比し46%減、2050年には実質ゼロを目指すと世界に公約した。エネ庁が今年夏にまとめている第六次エネルギー基本計画では2019年の発電電力量の10650億kWh から2030年では9300~9400億kWhと12%減と想定し、電源種別では再エネは18%から36~38%(2015年計画22~24%)へ増加、原子力は6%から20~22%(20~22%)と停止中の原発を動かすことと想定し増加、その一方でLNGは37%から20%(26%)へ、石油等は7%から2%(3%)へ、石炭は32%から19%(26%)へと大幅減の計画となっている。この数値は( )内で示した2015年にまとめた計画に比べ極めて野心的な数値となっているかがわかる。(下図 出典:エネ庁)
因みに2009年当時の民主党政権の鳩山首相は、鳩山イニシアティブで「2020年の温室効果ガスは1990年比で25%減」と公約した。東日本大震災により原子力発電所の稼働が制限されているとは言え、2019年の二酸化炭素排出量の現実は(2020年数値は未入手)1990年比で5%しか低減できていない。果たして菅首相の公約はどうか?
石炭に限って考えると、発電電力量換算(kWh)で2019年の32%相当を2030年には(わずかあと10年後)19%に減らそうと言っている。全体の発電電力量も減っているので、石炭火力の発電量は3400億kWhから1780億kWhへと約半減を目指していることになる。
日本の石炭火力は近年建設されている高性能の超々臨界圧以上の発電所並びにIGCCとそれ以外に分かれる。超々臨界圧は主蒸気圧力が22.1MPa以上で蒸気温度が一般的には566℃以上のものを言う。USC(Ultra Super Critical)と呼ばれているが、最初のUltraは日本人が命名した和製英語が世界共通語になったと聞いている。
梶山経産相が古い石炭火力をフェードアウトさせると公言したが、日本では石炭火力発電容量の約50%が低効率の石炭火力であり(下図のピンク色部分(SUB-C,SC)参照 出典:エネ庁)、それらをすべて停止すれば発電量の半減目標には一歩近づく。大手電力の近年の新設石炭火力はほぼすべて大容量の超々臨界圧以上である。一方、中小の発電事業者や自家発向けの石炭火力は小型容量が多く、超々臨界圧の蒸気条件を採用できない。そのため2000年以降も多数のSUB-C(亜臨界圧)の石炭火力の建設が行われて今に至っている。特に震災以降の電力不足対策を睨み、商社等がアセスのいらない11万kW級の石炭火力の建設を行ってきた。
これらを合算すると発電容量の半分が超臨界圧以下の性能の高くない石炭火力だが、当然のことながら高性能/大出力の方が年間運転時間は長いため効率は高くても(CO2発生量/kWhは低い)年間石炭消費量ベースでは多い。従い、性能の高くない石炭火力を全部停止しただけでは目標に届かないのは明らかである。かつ、沖縄や北海道の様に亜臨界圧石炭火力が重要電源を担っている地域もあり、単純に減らせばよいという議論は拙速である。
エネ庁の46%目標数値は原子力を2015年の最初の目標設定時と同じ数値で維持し、CO2排出量から逆算して再生エネルギーと火力の割合を決めた数値上の理想値に過ぎないはずだ。2030年にこの公約数値が達成できなくても、今回決めた政治家や官僚は責任を取らないだろう。まさに忖度政治の典型的な姿である。
欧州でもドイツ、ポーランド、チェコなどの国では今でも石炭火力に頼らざるを得ないが、EUとして厳しい目標管理を行っていることもあり、EUの優等生のドイツは風車に舵を切っている。ドイツは原子力も捨てたが(ただしフランスから原子力発生電力を大量輸入)、ロシアからドイツへの天然ガスパイプライン(ノルドストリーム2)の建設をバイデン大統領が容認したため当面のエネルギーには石炭に頼らなくても困らないはずだ。
EU加盟国で石炭焚きを容認しているポーランドは、Energy Securityの観点から天然ガスをロシアに依存するわけにはいかず、また国内に豊富に埋蔵されている褐炭を利用できることで大型の石炭発電所の建設を継続中である。EUも現在では目をつぶっている状態だが、二酸化炭素を2030年に1990年比で55%低減、2050年に実質ゼロを目指すにはここにメスを入れなくては先に進めないはずだ。
次回は高性能石炭火力の憂鬱を投稿する
今回の投稿の結論は次の通り。
- 今まで国内外で経済を支えてきた石炭火力を徹底的に悪者にせず、生き残る道も用意してあげよ。
- 生き残る道として性能の悪い石炭火力を停止して、高性能石炭火力だけを継続させるという政策は間違っていない。
- しかし、止めることができない性能の悪い石炭焚き発電所も多くあり、2030年温暖化ガス排出を1990年比で46%削減するための電源構成目標には程遠い。
- エネルギー源を石炭に頼らざるを得ない各国の状況を注視する必要があり。
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